《Voilà》, dit-il tout à coup. Voilà : le taxi s'arrête dans une belle avenue,...
まず、原文ではここで初めて段落が代わることにまず注意を促しておきたい。原文ではOが散歩に出る冒頭から車に乗せられ、その中で裸に剥かされじっと緊張している状況までを息も継がず一気に語り上げて、タクシーが止まるところでやっと新しい段落に入る。
「着いたよ」と突然彼が言う。着いたのだ。タクシはプラタナスの並木のある美しい通りで止まる。ここでまた別種の叙述における視点のゆらぎが介入してくる。最初の Voilà がルネの実際の言葉だとしたら、次の Voilà はこのシーンに目撃者として立ち会っている作者の内面の言葉である。
眼の前には、中庭と庭園を擁する、邸宅(une sorte de petit hôtel)。L'Hôtel de Ville などに比べれば、petit には違いないだろうが、それでも、かつての貴族や19世紀の大ブルジョアが所有していたような、われわれの感覚からいうとかなり大きな頑丈な構えの石造りの古い邸宅だろう。かと言って、巨大な地所を有するロワールあたりの城ともまた違う。Comme les petits hôtels du faubourg Saint-Germain と説明が補われる。 faubourg Saint-Germain は現在では正式な地名としてはないが、だいたい、Saint-Germain-des-Prés の西側のBoulvard Saint-Germain 沿いの区域(6区でなく7区の部分)にあたる。 昔の貴族の邸宅が多く、実際この辺りを歩いていくと、6区側とちがって雰囲気がちょっと厳めしくなる。さて物語に戻ると、日は暮れ、外は雨が降っている。
車の中でルネはOに動くなと命じ、ブラウスの襟元のリボンをほどき、ボタンを開ける。Oは胸を少し突き出す。胸を愛撫されるものだと思ったからだ。
Elle penche un peu le buste, et croit qu'il veut lui caresser les seins. Non.
そうではないのだ、とまた作者の声。それはOの声でもある。
期待に反し、恋人のやったのは、ブラジャーのストラップを小刀で切りとってブラジャーを取り去り、ブラウスのボタンをまたもとに戻すこと。こうしてOの置かれた状態は、
Elle a maintenant, sous la blouse qu'il a refermée, les seins libres et nus comme elle a nus et libres les reins et le ventre, de la taille aux genoux.
nu と対になって出てくるlibreの語感は、題2回目の解説で説明した。
Ecoute で始まるルネのセリフとともに新しい、そして第1節の最後の段落に入る。
《Ecoute, dit-il. Maintenant, tu es prête. Je te laisse ...》
「いいかい。君の支度はできた。じゃあ僕は帰るから...」ルネは、Oがこれからしなければいけないことをしゃべり続け、この段落はOに対する彼の言葉だけでできている。彼女は、一人でドアのベルを鳴らし、案内する人の言うがままに従わなければならない。躊躇すれば無理矢理に従わされるだろう。
Oは恋人に、私のバッグは? あなたは来ないの? などと質問しているのだが、彼女にはまるで言葉が奪われているかのように、作者はルネの言葉しか記さない(じっさい冒頭何ページにもわたって私たち読者がOの言葉を聞くことはない。この小説の中でOの言葉をはじめて聞くのは、最初の夜のサロンでの暴虐の洗礼が終わった後、恋人の言葉に答えて言う Je t'aime である)。
Ton sac ? Non, tu n'as plus besoin de ton sac. Tu es seulement la fille que je fournis. Si, si, je serais la.
バッグはもう彼女には必要ない。なぜなら、彼女は彼がここへ調達する娘にしかすぎないからだ。澁澤訳では「送り届ける」という日本語になっているが、ここでルネが使っている fournir は、品物、特に備品、商品などについて使われる語であることに注意されたい。Oは、Tu ne vas pas venir ? とでも聞いたのだろう、ルネは Si, si と答えるが、その返事は不確実さをのニュアンスをつねに伴う条件法で、 Je serais la. そのうち行くから。そして最後に一言、
Va. 行きな。
第1節の終わり。
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