MSG: 58
on Mon 21 Jul 2003 23h55(CET)
by
Autel
Subject:
感ずる能力
フレンチ・エロチカで教えてもらった、夏子さんのサイト
「家政婦夏子の秘密」をときどき覗きにいく。連載中のストーリーはどんどんと思わぬほうに展開していく。最近は
「夏子の断想」というコラムもはじまった。7月18日の条では、
「着物を脱ぐモデルの美しさは雲の中から出る太陽のようだと感ずるロダンは、彼自身がその美を感ずる能力を持っているからである」(高村光太郎)
を引いたあと、夏子さんは、
つまり、セックスする当事者ふたりに「美を感ずる能力」のありやなしやで、そのカップルの性愛の美醜が決まるということですね。
と、コメントする。
厳密にいうとセックスにおいて「美」は必要条件ではないが、あればもっといい。かなりいい。ただ、上のコメントの「美」は、「快感」と置き換えてもよい。美に関わるものだけでなく触覚、聴覚をも含めて性において快感を得る能力は、人によって一様でも、すべてが生得的なものでもない。それにかける情熱の強さやアプローチの仕方も人さまざまだ。そして「愛」という抽象的な概念だけに関わるものでもなければ、かといって全てが技術論ですむものでもない。
基本的には同じことの繰り返しであるものから、できるだけ多様な快楽を引き出そうとするのは、食の場合と同じだ。が、中身が出前のピザになるか3つ星の料理になるかは、ふところ具合に関係なく、「セックスする当事者ふたり(あるいは+α)」の能力で決まってくる。趣向を変えて、野生的なバーベキューにするか、さらっとお茶漬けにするかも、そのときどきの当事者の持つ時間と想像力で選べる。が、私たちの生きる社会が、その「時間と想像力」を最も脅かしている。その脅威、不安によって生まれる性欲というものもあるが、それは必ずしもいいセックスを保証しない。フレンチ・エロチカや夏子さんのサイトがときどき「啓蒙的」なトーンになるのもわかる。
こちらもそろそろ、快楽に捧げるちゃんとした更新をしなきゃ。
MSG: 59
on Tue 12 Aug 2003 23h09(CET)
by
Autel
Subject:
毎月6人
サイトや日記の更新をここしばらくさぼっている間にいろいろなニュースが過ぎていったが、暑さと山火事を別にすれば、一番マスコミをにぎわせたのは、女優のマリー・トランティニャンが、コレットの伝記映画のロケ先のリトアニアで、恋人のベルトラン・カンタに殴打され(本人はもみ合い時の事故を主張。ただし現在の証拠は数回にわたるな殴打を示唆する)昏睡状態に陥ったあと死亡した事件だろう(7月27日−8月1日)。最初は三面記事的な芸能ネタだったのが、時とともに、社会ニュースになっていった。普通なら、夫婦喧嘩で終わるはずのものが、男が泥酔状態で暴力に歯止めがきかなかったため、一人の女性の死を招いたあげく、多くの人の関わっている制作中の映画の企画をふいにし、フランスで最も有名なロックグループの未来を閉ざすことになったのは、なんともいえない悲劇だ。さらには、このニュースを最初からフォローしていた
フランスの島のkanjikanさんが世をはかなんで「僧院入り」し「サイトを閉鎖する」という余波まで生んだ。
余波は別の方向にも発展している。この事件をきっかけに夫婦間暴力の問題がクローズアップされてきたことだ。これについての調査結果を報告する8月9日付けの『ル・モンド』紙のの記事にはしかし驚いた。
「フランスでは毎月6人の女性が夫の暴力により死亡」
という見出しの記事で、統計的にはじき出すことのできる数字なのだろうが、こういう形で提示されるとショッキングだ。
2000年に政府の依頼で行われ、昨年発表された調査結果なのだそうだが、20歳から59歳までの女性の17%が過去に男性から暴力を受けたことがあり、9%が夫や恋人から、さらには5%が刃物を突きつけられたり首を占められたりで殺されそうになったことがあるという。こと色恋になるとフランス人は頭に血が上りやすく、男女間の喧嘩がすぐに物理的衝突に結びつくというのは、映画でもよくみる戯画的シーンだが、現実にもかなりの数字だ。日本の統計だとどんなものだろうか。労働者階級よりも、管理職層に3倍近くも妻、恋人に対する暴力沙汰がみられ、医者、警官、高級官僚に多いというのも統計的に現われている。そして、そうした層では世間体をはばかって女性がひたすら沈黙を守ることが多いという分析も。そしてパートナーの女性が経済的に従属的立場にあることも暴力の支配する関係ができることに寄与しているという結果も出ている。
女性を縛ったり、鞭打ったりということが主題のサイトを作っている私が言うのもおこがましいが、私(たち)の立場は、お互いの絶対の独立や自由がない限り、ほんとうのBDSMの楽しみは成り立たないというものである。完全に自由な立場のものが一時的な合意によってそれを棚上げにする虚構の造るパラドックスが人を惹きつける(少なくとも私たちを)のであって、犠牲にされる最初の自由が少なければ少ないほど、ゲームの賭け金がどんんどん少なくなってしまうようなものである。『O嬢の物語』では、フォトグラファーのOは望めばいつでもロワッシーを出ることが出来たし、ステファン卿との関係を解消することもできた。離婚されれば生活に困るからということで我慢している女性をうさばらしに殴ったり、前後不覚に酔っ払って一番手近な人間に殴りかかる人間やその犠牲者はそこにはいない。
MSG: 60
on Sun 31 Aug 2003 22h07(CET)
by
Autel
Subject:
Madonna as Anne-Marie
イギリスのハットン調査委員会の成り行きが気になり8月に入って以来 Guardian → Independent → Daily Mirror の巡回が日課になっている。どこから始めるかはその日の気分によるが、いわゆるタブロイド紙のDaily Mirrorを毎日見るおかげで最近英米の三面記事、芸能ネタに少しばかり明るくなった。
8月31日付けの、Daily Mirror の一面のマドンナとブリットニー・スピアズのなかなか熱烈なキスシーンは眼をひいた。
本文に入ると、マドンナとクリティーナ・アギレラとの同様のシーンもあり、この3人がMTVアワードの受賞式のアトラクションでいっしょに歌っときのステージパフォーマンスだと知る。
マドンナお得意の挑発の一つだ。ショービジネスの世界でパフォーマンスの中の性的な要素でスキャンダルを引き起こすのは現在ではきわめて難しく−−それに、そもそも「あれしきの」パフォーマンスでマドンナが1980年代にスキャンダルになり得たのはアングロ・サクソンの文化圏の中でのことだ−−むしろ政治的な方向での挑発のほうがたやすい。マドンナのパフォーマンスの挑発もこの何年かは後者の領域でもっぱら話題になってきたが、今回は性の土俵の上で、スキャンダルにならずともセンセーショナルな話題になる程度には成功したようだ。あらゆるタブロイド紙だけでなく、
ニューヨーク・タイムズまで写真入りで言及している 。
NY Times は「なかなか見もののパフォーマンス」としながら、「19年前[* 1984 Like a Virgin] のマドンナなら自分一人だけで同じくらいの騒動を起こせたということを思いおこさずにはいられない」と軽く皮肉るが、これは主にアメリカ社会自体の変化のせいであって、マドンナ当人のせいでもなかろう。むしろ今回のパフォーマンスの妙味は、一世代下の、自分の娘といってもおかしくない年の二人をまきこんだところにある。
R*** はこのときのマドンナの写真を見て、HdOのアンヌ・マリー役にぴったりだと言った。たしかにそうだ。ある種の色気を醸し出すちょっとした肌のやつれぐあいといい、化粧のしかたといい、娼館の女主人、女衒を思わせるものがある。そうした女性が、外面的なセックスアピールを売りものにしているだけの若い女たちを、別の次元に引き込んでいくという図式を想像させるものが、この演出にはある。このときの C.アギレラは実は代役であり、もともとジェニファー・ロペスが予定されていたのが別の都合で直前にキャンセルになった伝える新聞もあった。自己イメージにもともとデカダンな要素を織り込んでいるアギレラよりも、ポリティカリー・コレクトの色がもっと強い、ヒスパニック風の健康なセックスアピールで売っているJ.ロペスがいたほうがインパクトはもっと強かったろうと想像する。
タブロイド紙にはいくつかのショットが出ていて見る者の想像をたくましくさせるが、実際に動いているシーンを見てみると「フレンチ・キス」と称するにはあまりに一瞬で、実はそうたいしたこともなかった。フランスだったらこれほどセンセーショナルな話題になることもなかったろう。
MSG: 61
on Sun 31 Aug 2003 22h10(CET)
by Autel
Subject: Baisers sur la sc?ne
舞台上の女性同士の接吻シーンで、上のMTVのマドンナの件より、印象に残っているものがある。
リヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』で、元帥夫人とその愛人の若者の間にかなりきわどい接吻を演出したものがあった。ドラマの上では男女の間のシーンだが、青年の役は女性歌手が務めることになっているので、現実に戻って考えると二人の女性オペラ歌手の接吻ということになる。そこに少しばかり倒錯した味がある。このときは客席から、軽い驚きのどよめきのあと、口笛の混じる歓声がとんだ。
また、ピエール・ルイスの『ポゾール王の冒険 Les aventures du roi Pausole』のオペレッタ化されたものの中に、かなりのシーンがあった。これはもともとの筋書きに同性愛の女性が出てくるだけに、接吻シーンだけでなく、着衣だがかなりきわどい愛撫シーンや、一人が相手のスカートの中に頭つっこむという熱演まであったが、オペレッタだけにエロチックというよりコミカルな味がまさっていた。
女性の間の同性愛をテーマにした映画や舞台作品、その要素をかなり露骨に取り入れた前衛的作品は珍しくはない。が、MTVの受賞式の件同様、上のような例は、だれもが明らかな「逸脱」を期待しない場(この場合、先週は「椿姫」が上演されていたかもしれない空間)に、多少の侵犯が起こるところに微妙な味があった。生意気ざかりのロシアの二人娘のパフォーマンスにはない類の。
MSG: 62
on Sun 31 Aug 2003 22h11(CET)
by Autel
Subject: Baisers dans la rue
現実世界で、幻かと思うくらい美しい、女性同士のキスを見たことがある。上のような「侵犯」の小気味よさも超越した。
10年ほど前の夏のある日、街なかの川にかかった橋を渡ろうとしたとき、二人の若い女性が橋の上で恋人同士のように接吻しているのに出くわした。二人とも20歳をちょっとすぎたくらいか。美少女というには少し年かさ、美女という言葉で表現するには若くて学生風だった。両方とも鳶色の長いストレートヘアで、すらりとして、同じようなジーンズにTシャツ。ちょっとめには双子かと思うくらいに似ていた。じろじろ見るわけにもいかないが、はたから私を見てい人がいれば、二人の女性に眼線を引き寄せられながら、橋の上を歩いていた私が見えたろう。
これだけなら、そう印象に残ることにもならなかったろうが、その後30分ほどして、近くの通りでまたこの二人に正面からすれ違った(実際に美しい娘たちとわかったのはこのときだ)。このときの二人は普通の若い男女がじゃれあうように、時々軽いキスを交わしながら歩いていた。その自然さに驚いた。周りの視線なぞどこふく風。といっても、あえて無視するようでも、挑戦するようでもなし、「若い男女のカップルがよく自然にするように」という以外の形容がみつからない。ヴァカンスで旅行中のカップルのようでもあった。違う街あるいは国にきた解放感がそうさせているのか。ゲイプライドのパレードで見かけるような、挑発的なこれみよがしのものとは無縁だった。
今でも、夏になってその橋の上を通るとときどき思い出すエピソードだ。文にするのは初めてだが、自分で書いていて作り話かと思うくらいにできすぎた光景で、思わず幻だったのかとも自問したくもなるが、すべてのディテールが不思議なくらい鮮明に記憶にのこっている。その後、街中での女性同士のキスシーンを見たことが何度かあるが、美的に感心できたのはこの橋の上の二人もの以外にない。
上の3つの書き込みは、MTVのシーンに触発されて記憶が紡ぎだされたような格好になっているが、実は逆で、2週間ほど前にその橋の上を通ったときに、エピソードを思いだしたので、逆に舞台の話を思い出し、それらを書こうと思っていたときに、MTVのニュースに出くわし、それ最初に触れる形になった。
『O嬢の物語』では、女性同士の同性愛が副次的主題に入っている。現在ではなんともないテーマだが、1950年代初頭には、この小説にみられる明示的な記述は、これだけとってもかなりインパクトの強いものだったろう。作者のオリー自身の回想の中でも同性愛的エピソードは無視できない位置をしめている。「『O嬢の物語』と女性同性愛」というテーマは副次的とはいえ十分に掘り下げる余地はあるが、私の手にはあまる。
MSG: 63
on Sun 05 Oct 2003 00h15(CET)
by R***
Subject: 30,000アクセス
おかげさまで30,000アクセス突破致しました。
最近更新が少なくて申し訳ないのですが、これからもよろしくお願い致します。
MSG: 64
on Tue 07 Oct 2003 19h12(JST)
by
claudine
E-mail
Subject:
お久しぶりです
ご無沙汰しています、「ふれんち・えろちか」の管理人のClaudineです。
URLが変わったんですね。
今日お訪ねしましたのは、Autelさんが関心を示されていましたことのある七草さんの「閉鎖中」サイトへ許可をいただいて、彼の(彼女の?)秀作をわたしのサイトで紹介をはじめさせていただいたことをご報告にまいりました。
実は七草さんはスカトロ小説の鬼才なのです。その方面は趣味でなければ、おだやかな尿ものの「受付嬢」だけでも是非一度ごらんになってみてください。
http://7kusa.muvc.netにあります。
わたしのサイトの短編集のコーナーにあります「林の中」にオマージュを書かせてもらっています。ついでのおりにこちらもみていただくとうれしいです。
ではまた。
MSG: 65
on Sat 11 Oct 2003 02h01(CET)
by Autel
Subject: re お久しぶりです to Claudine さん
URL変更のお知らせをさぼっていて失礼しました。リンク先の変更ありがとうございます。ついでにサイト名のつづりも(実は Oracultie になっているなと前前から思っていたのですが、culが気に入っていたので、ついつい連絡しそびれていてしまいました)。
最近身辺が慌ただしくサイトの管理のほうはR*** にまかせっぱなしになっていますが、またぼつぼつ更新、していきますのでよろしくお願いします。
七草さんのサイトの紹介ありがとうございます。アペリティフをしながらの閲覧だったので、「知佳」のほうは遠慮して、「受付嬢」だけにしましたが、設定からなにからリアリティ満点で、なにより「温度」の伝わってきそうな文体に感心しました。閉鎖中とは残念です。
「林の中」は奇妙なコミカルさと猥雑さがあって、さらっと読めるわりには、妙に跡をひく読後感がありますね。幻想短編に近いような。
多方面の趣味をカバーしようという配慮の見受けられる短編集の更新いつも楽しみにしています。「あこがれのパンスト」に参加しようかなと思いながら、もう少し方向が見えてから、と二の足を踏んだりしています。
MSG: 66
on Sat 11 Oct 2003 02h47(CET)
by
Autel
Subject:
チャタレー夫人の恋人
「家政婦夏子の秘密」の夏子さんが
「断想」で『チャタレー夫人の恋人』に言及している。なつかしいタイトルだ。邦訳の現況がどうなっているかどうかは私も気になるが、手もとにないので確かめようがない。高校の初めの頃に読んだのは、かの伊藤整訳だったはずだが、実はあまり頭に残らなかった。以来、『チャタレー夫人の恋人』の再読はなんとなく私にとって宿題風になっている。
オリジナルが
http://www.online-literature.com/dh_lawrence/lady_chatterley_lover/
で読めるが、これをきっかけにぽつりぽつりと読んだ上で、今感じるのは、実はこれは、大人の生活体験がないとそのよさが分かりにくいはずだなというものだ。私の好みからはノーマルでロマンチックすぎるが、美しいものを普通に美しいというための勇気をもって言えば、やはり美しい。
「どなたか、性交描写の部分を…」という夏子さんの希望だが、拙訳でよければ...
それは官能的な情熱に満ちた夜だった。その夜の彼女は、いささかぎょっともしたし、ほとんどいやいやながらでもあった。が、官能の刺すような震えにまたも貫かれた。優しい愛の震えとは違い、さらに鋭く、さらに恐ろしく、と同時に、より望ましく感じられた震えに。いくらか驚きながらも、彼女は彼のなすがままにまかせた。そして手放しで恥知らずの官能が彼女の体を奥底から揺り動かし、すべてを裸に剥き、彼女を新しい女に生まれ変わらせた。そこにあるのは愛ではなかった。享楽でもなかった。それは鋭く、燃えさかり、魂に火をつける官能だった。
それは、彼女のもっとも秘められた部分で、恥の感覚、最も古く根強い恥の感覚を焼き尽くす火だった。彼のなすがまま、思いのままにさせるには努力が要った。受け身でなすがままにされる「もの」に、あるいは奴隷、それも肉体的な奴隷のようにならなければならなかった。が、情熱が彼女を舐めまわし、焼き尽くした。そして官能の炎がはらわたから胸に突き抜けたとき、彼女は死ぬのではないかと本気で思った。が、それは身を貫くような素晴らしい死だった。
MSG: 67
on Sat 11 Oct 2003 03h41(CET)
by
Autel
Subject:
チャタレー夫人の恋人 bis
上に引いたのは第16章
http://www.online-literature.com/dh_lawrence/lady_chatterley_lover/16/
の場面だが、『チャタレー夫人の恋人』のちゃんとした読者でないのにもかかわらず、上の個所が頭に残っていたのは、コリン・ウィルソン Colin Wilson がその
The Misfits : A study of Sexsual Outsiders (1988) (邦訳は『性のアウトサイダー』(鈴木晶訳、青土社))で引用していたのを読んだことがあるからだ。上の訳で「はらわた」としたのは bowels (腸) だが、これから、ウィルソンは、この場面がアナル・セックスを描いたものだと指摘していた。ここで描写されている強烈な印象はそれでこそ意味をもつとも。たしかに、この事実を念頭におくのとおかないとでは、上の文の与える印象はかなり違ってくる。
この指摘をしたのはウィルソンがはじめてかどうかは分からないが、少なくともそれまでは英語圏の読者でも普通に気づくことではなかったらしい(Wikipediaの
Lady Chatterley's Loverの項では、もし検察官がこの部分で行われていることを正しく読み取っていたら猥褻事件裁判にさらに影響があったのではないか、と示唆する)。
また検索してみてわかったが、この個所は逆にしばらく前から、ウィルソンの指摘するようなアナル・セックスとの関連で名高いらしい(我が国の大学の研究紀要にも、Anal intercourse and the otherness : some remarks on the sexual episodes in D.H.Lawrence's Lady Chatterley's lover なんて論文が
http://kiyo.nii.ac.jp/articles/ncid/AN00018466/19910000_10.html )
これも手元で確認できないので心もとないが、そういえば、千草忠夫氏によるアナルセックスの描写に、このロレンスの描写に基本ラインの似たようなものがあった−−強烈度と語彙の選択は違うが−−ような気がする。
MSG: 68
on Sat 11 Oct 2003 18h07(JST)
by claudine
Subject: キャッチボール
自分のサイトの維持だけでふーふーいっている状態でなかなかお邪魔する時間が取れません。わたしはロマンチストなんでしょうか、「チャタレー夫人・・・」の性交描写の一節にいたく感激した記憶があります。その気になれば手元の原書をめくればいいのですが、その一歩が踏み出せません。今読めば「なんだ」と思うかもしれないという怖さもあるのかもしれません。せっかく訳出していただいた部分も参考にいつか確認したいと思います。
「林の中」そのものはpar hasardで訳しただけです。この作品名を出したのは七草さんの紹介文を書かせてもらっているというだけのつもりでした。
酒の回った状態で書いています。もっと書くどんどんとんちんかんになる恐れがありますので、今日のところはこれでやめておきます。
ひとこと追加させていただければ、ロマンのないセックスは男性的かな、と今、ちょっと。
とりとめのないこと書きました。
MSG: 69
on Tue 18 Nov 2003 00h41(CET)
by
Autel
Subject:
ひさびさに更新
夏以来ほとんど更新していず、BBSの書き込みもままならい状態がつづいていたのですが、ひさびさに新しいページを追加しました。
いくら写真にあまり力を入れていないサイトとはいえ、いちばん最近の写真がR***の手帳にのった9月のぼけた犬の写真とはあんまりでした。実は写真をとっていないことはないのですが...
そこで、
R***が9月11日に「手帳」で予告していたスライドショーを公開。実は写真は6月のもの、スライドショーファイルも9月にはできてアップ済みだったのですがなんとなく公開しそびれていました。Macro Media Flash 形式のファイルが閲覧できるプラグインが必要です(たいていの人がインストールずみだと思いますが)。写真をクリックするとスライドショーが別窓で始まるようになっています。PhotoShowという簡単な編集ソフトをつかっていて、なかなか便利なのですが、スライドの最後やエラー時に広告がでるのがたまに傷。といっても本格的にフラッシュファイルを編集公開していく予定はいまのところないので、便宜的にしばらく使ってみます。
Au fil des nuits (As night goes by)なる日付順のコラムがこのサイトにはあるのですが、しばらく止まっています。仏・英・日本語版がごちゃごちゃになって読みにくかったのを、日本語専用版を新たに作って更新していく予定をたてています。BBSにエッセイに近いものが入ってきて少し重めになってきたので、長いものやちょっと形式ばったのはそちらで掲載し、BBSを軽めの書き込みのもので少し頻繁に動かすことを考えています。日本語版の枠組み(タイトルや目次など)はこれから考えていきますが、とりあえず最近の2つのテキストをここで先行公開。
- 031117 生き残るばら色のミニテル
- 031118 共同妄想?公開M?
MSG: 70
on Sun 23 Nov 2003 23h45(CET)
by
Autel
Subject:
夜めくり記
Au fil des nuits (As night goes by)の日本語独立版は、
「夜めくり記」としてスタート。再開3弾目は、
ボージョレー・ヌーヴォー(11月20日)。
ところで、
ふれんち・えろちかのBBSにいくと、敬愛する管理人のClaudineさんの、フランスの国家戦略に乗せられてあんなものありがたがる人の気が知れないとのきついお言葉。たしかにそうなんだけれど、フランスで買う限りは、スーパーで気軽に買える安物ワインとしては、値段のわりにまあまあで、新しいから傷んでいることもなくてお買い得。なんせ安売りスーパーのなんて1.5ユーロからある。年に一回くらいつきあうのも悪くないというのが私の気持ち。積極的に飲む口実ができて、ヴァカンス明けからクリスマスまでの気のめいる時期に少しめりはりがつくという意味もある。
補足すると、ヌーヴォーは何もボージョレーだけの専売特許ではない。若くて飲むワインにはどこのものでもその年初めてのものというのがあるはず。最近はコート・デュ・ローヌがマーケティングに追随して大々的に売り出すようになっている。リヨンあたりでは、輸出用にバナナなどのフルーツの香りを強調しているボージョレーが飽きられて、こちらのほうへ消費の傾向が移っているという噂も聞いた。こちらのほうがもっと土の香りのする熱いワインで、飲みくらべも楽しい。私たちもボージョレーの翌日飲んで堪能したが、あまりワインについて云々するとサイトがだんだんスノッブっぽくなってきてClaudineさんに皮肉られそうなのでワイン談義はこの辺で。
MSG: 71
on Tue 25 Nov 2003 00h51(CET)
by
Autel
Subject:
立っている肉
夏子さんの
「断想」は最近、性にまつわる面白い一口知識を披露してくれている(「『へえ〜』シリーズ」と命名していいと思う)。11月17日の条は、ペニスに何も触れず想像だけで射精することができる男性について。私自身にはそんな特技(?)はなく周りにも心あたりはないが、少数だが確実にいるということらしい。
これをショーにする話は、吉行淳之介(そういえば夏子さんの「断想」の別のところでけちょんけちょんになっていた)の短編で読んだことがある。
PLAYBOYの日本版がスタートしたとき、創刊号のための書き下ろしとしてその短編が掲載されていたので印象に残っている。吉行の短編はそれを可能とするためのある「しかけ」について語っているが、夏子さんの「断想」の統計を読む限りは、そんなしかけは不要ということになる。
映画『エマニュエル夫人』第1作の日本での公開が1974年12月、日本語版『PLAYBOY』の創刊が75年7月、映画『O嬢の物語』の日本公開が76年3月。性を謳歌することが明るい未来とともに感じられた時代だったように思う。
検索で確認してみると、上の吉行の短編のタイトルは「立っている肉」。単行本では『菓子祭』という短編集に収録されて今でも入手可能らしい。
MSG: 72
on Wed 26 Nov 2003 01h35(CET)
by
Autel
Subject:
森のブラジル人?
ura noteで解説つきでないと面白くないフランス語のジョークがでたついでに、ここでも一つ。1998年のワールドカップサッカー(ご存じのように決勝でフランスがブラジルを破った)のころはやったジョーク。
ワールドカップの決勝に出ることができてフランス人がこんなにうれしい本当の理由は?--ブローニュの森以外で初めてブラジル人に抱きつくことができるから。
日本人には何も面白くないというか理解できないジョークだが、これはフランスではかなりヒットした(
インターネットではまだ人気のようだ)。実は90年代のある時期ブラジル人の女装あるいは性転換の娼婦がブーローニュの森に多く大挙したことがあり、ブラジル人には悪いが、ブラジル人というとそういう人々を連想させ、あるコンテクストで「ブラジル人」という言葉を発しただけで、ニヤリというようにまでなっていた。ブラジル人男性はサッカー選手か、そうでなければ女装・性転換者というジョークもできていた(たかだか数百人のオーダーのカテゴリーはずなのだが)。
という背景知識をもって、上のジョークを理解しても何も面白くはないのだが、
ふれんち・えろちかのBBSに出てきた「フランスのニューハーフ物」という書き込みで連想して気になり、日本のgoogleで調べたところ、それらしい情報がひっかかってこなかったのであえて書き留めておくことにした。この種の事柄は、フランスの現代風俗では常識に属するもので、ある種のものを読むときには、上のジョークの場合のように、知っていないと理解できないが、辞書にのっているわけではない(のせようもない)ので、日本にいてこれからフランスのエロチカテキストを読むことを志す人のために、老婆心ながら記録として。
もう少し事実に正確を期すために付け加えると、1990-92年にブーローニュの整備にともなって「ブラジル人」は大部分をそこを去り、イタリアあるいは自国へ行ったという。2002年に国民議会の女性の権利のための小委員会で行われた、売春問題担当警視への聴取会の報告でその辺の事情が説明されている。
http://www.assemblee-nat.fr/12/cr-delf/02-03/c0203006.asp
これは、パリの売春事情一般について、さすがに「第一人者」(?)の報告だけに、他の誰も知り得ない定量的なことも含めて実に要を得た説明となっている。
上の話題に関して、そのほうに特に興味のある方へ。
検索中でてきたページ
http://transexuelles.maisonx.com/trans-sexe.htm
個人データの数値の提示のしかたが面白い。
85C 17cm, 90C 20cm, 90B 18 cm, 90D 16cm, 95D 17cm, 85C 18cm etc.
注意。上の数値を例証するかなり露骨な画像が出ます。見る見ないは自己責任で。
MSG: 73
on Sat 29 Nov 2003 22h19(CET)
by
Autel
Subject:
あなたの秘密がウェッブに...
ある日突然、知り合いあるいは未知の人からメールが来て、言われる−−「あなたの一番大事な秘密がウェッブで公開されていますよ、しかもドメイン名つきの特別ページとなって。以下のリンクをちょっと見てみてください。」
暴露されるその秘密とそのページとは...
仮にあなたの名前が、「ユゲノウタマロ」だとしよう。ページタイトルは、「ユゲノウタマロはインポ!」、そして(サブ)ドメイン名は、(2バイト文字ドメイン名が可能だとして)「ユゲノウタマロはインポ.com」だ。そしてそこには、不能のせいであなたに愛想をつかした元ガールフレンドや、治療を試みたがさじを投げてしまった医者たちの証言などが写真入りで...どれもこれも身に覚えがないのに。
そんなふうにぎょっとさせるかもしれないウェッブページを発見した。残念ながら、フランス語版しかない。"***.***.est-impuissant.com" というのがそれで、上の例でいうと、
http://mr.yuge-no-utamaro.est-impuissant.com/
(他サイトのポップアップが一つでますが、無害です)
impuissantは英語で言えばimpotent。フランス語はだめだが、英語ならOKという人は、自動翻訳サイトを通してみるといい。だいたい意味の通る翻訳をしてくれる。
これは、実はフォームに名前を入力すると自動的に上のようなページを生成してくれるスクリプトによるジョーク。ユゲノウタマロさんのページはこの解説のためにたった今私が作ったもの。超有名人がこういうジョークの対象になるのは当然で、
有力政治家や芸能人、巨大OS会社の社長などがすでにページを持つという栄誉に浴している。
もちろん友人やおちょくってやりたい相手の名前を入れるのも可能。となると、まじにとった奴にあたると名誉毀損問題がでてきやしないのか、うるさい芸能人だとさしとめたりしないのか...フランスは割に名誉毀損にうるさい国だが、このくらいのそしてこの手のジョークになると、許されるのか。うーん、ぎりぎりの線かな、などと考えてしまう。試してだれかをおちょくたい人は、自己責任で。紹介人の免責要求をあらかじめ宣言しておきます。
実はこれは発見したのは、きわめてまじめな検索中のこと。
google (yahoo fr)の検索ででフランスの内務大臣のフルネームを入れると、何と上から3番目(内務省のサイトの直下)!に
彼の名前を冠したこのページが出てくる。警察力を強化して交通違反や売春の取り締まりを厳しくしているのが彼のここでの人気の秘密のようだ。
これには女性版もあって
"***.***.est-frigide.com" 「×××.×××.は不感症.com」
MSG: 74
on Sun 30 Nov 2003 14h53(CET)
by
Autel
Subject:
私は***。それもまた善し 。
「私はスウェーデン人。それもまた善し 」
スウェーデンの家具メーカーのIKEAがこんなラジオ宣伝を出したところ、ベルリン市長から苦情が出て、 2万5000ユーロの賠償金を払うはめに。こんなニュースが、昨日付けの
ドイツの新聞に、そして
フランスのマスコミにも。その理由とは。
イケアのこの宣伝コピーは、実は現ベルリン市長のクラウス・ヴォーヴェライト Klaus Wowereit 氏が、昨年の市長選挙のときに、同性愛者であることを公にしたときのことば「私はゲイ。それもまた善し」をもじったもの。ラジオ宣伝では、ゲイ−スウェーデン人の一語だけをうまく吹き替え、彼のそのときの声明の録音をそのまま使っていたらしい。ドイツ語だとこのシャレの絶妙がさがもっとわかる
Ich bin Schwul, und das ist auch gut so.
Ich bin Schwede, und das ist auch gut so.
この宣伝を聴いたときのベルリンっ子の吹き出す顔が目に浮かぶようだ。
ベルリン市長の言い分を見ると、この賠償金要求は、自分のことばを無断で宣伝に使われたことに対するもの。2万5000ユーロは慈善事業関係に寄付されるという。これだけ話題になったのなら、IKEAとしてはもとのとれる使用料を払ったと言えるのかも。
この絶妙のしゃれを考え出したコピーライターに脱帽だが、もともとヴォーヴェライト氏の発言は、ドイツ名言史?の中に定着するほど人々の記憶にのこり、
Ich bin ***, und das ist auch gut so. のパロディはすでにいくらもできていたようだ。
欧州大陸の二つの大都市パリ、ベルリンが、同性愛者であることを公にしている政治家を市長として選び、性文化の牽引地としての名誉ある?伝統を21世紀にも引き継いでいることになる。欧州の基準なら公人としての生命がとっくに絶たれてもおかしくない性差別発言を繰り返している人物を首長にしている太平洋沿岸の大都市が、その仲間入りすることがいつかあるのだろうか。性文化先端都市としての現在のイメージに見合う実質を確保すべく。
MSG: 75
on Tue 02 Dec 2003 21h35(CET)
by
Autel
Subject:
つややかにフランス語
フランス官能小説を主題にしているサイトが、私たちの知る限り、
ふれんちえろちかくらいしかないのは寂しいなと思い R***と探索していたら、「
つややかにフランス語」なる日記形式のサイトを発見した。10月に始まったようだ。オリジナルの官能小説を、フランス語と日本語の両方で連載している。一回ごと読み切りできる短いシーンがゆるやかに連なって流れていく。時には俳句的ともいえるほど切りつめられた表現。フランス語版、日本語版ともになかなかの傑作だ。それにしゃれた画像つき。
なんと一足違いで、いったん終了してしまったらしい。「また思い出したように書き込みをするかもしれません」という作者の dochampa さんの言葉だが、是非再開して欲しい。
dochampaさんは別名でもっと総合的なサイトを運営しているとのこと(
これは ura noteで紹介しました)。
MSG: 76
on Wed 24 Dec 2003 10h02(JST)
by
Autel
Subject:
「ピープショーのストリッパーは舞台アーティストか?」
Une strip-teaseuse est-elle une intermittente du spectacle ? (「ストリッパーは舞台アーティストか?」)という記事が12月23日付けのネット版ル・モンド(紙の版では12月24日付け)の一面に載っていた。写真も添えられているのでいやでも目を引く。
前にフランスの島掲示板に書いたが、intermittant du spectacleとは、「舞台、音楽、映画関係のフリーのアーティスト、技術者」たちを指す語である。今年の夏から秋、この人たちが派手にストをしたおかげで、アヴィニョン演劇祭、エクサンプロヴァンス音楽祭、その他、各地の大小の演劇、音楽祭が中止になったのは、日本でわりに報道されていたと思う(ストやデモはは散発的にまだ続いている)。すべてを包摂する訳語はなかなか見つけにくいが、ここの話では、「舞台アーティスト」としておこう。
記事によると、あるピープショーのストリッパーが(元)雇用者を不当解雇で訴え現在裁判になっているが、そこでは、彼女の労働法上の地位が「舞台アーティスト」かどうかが争点になっているという。「舞台アーティスト」の地位を主張しているのは彼女ではなく、雇用者のほう。彼女は通常の賃金労働者の地位を主張している。なぜこういう問題になっているかというと、フリーの舞台アーティストとということになると公演かぎりのギャラで仕事をしているわけだが、給与労働者だということになると雇用関係の解消に厳しい制限がつく。「舞台アーティスト」だとそれを埋め合わせるために失業保険で優遇されるが、彼女はそれまでその権利を行使したことがないという。もっとも彼女自身、自分がどの身分かということも意識したことがないらしい。このケースでは、一方的な解雇を阻止するために、弁護士のとった戦術が、彼女は、「舞台アーティスト」ではなく、通常の給与労働者だということを法的に確認するということである。
ここで鍵になっているのは、彼女がピープショーのダンサーだということである。クレージー・ホースやムーラン・ルージュのダンサー、あるいは通常のキャバレーのストリッパーなら、明白に「舞台アーティスト」というカテゴリーに入り、議論の余地はない。このままだと彼女もそのケースに準じて扱われることになる。そこでそれを阻止すべく彼女の側の弁護士の論理が展開される。曰く、「法の定義によると、舞台公演であるためには、演出・舞台装置・一般公衆の前での公演が必要であるが、ピープ・ショーにはそんなものは存在しない。ダンサーが相手にしているのは個室に入っている一人の客であり、この客は一般公衆ではない云々。」
弁護士が裁判長に「(ピープショーの行われている)セックショップに入ったことがこれまでにありますか?」と質問すると、裁判長は大笑いで「ノン」と答えたそうだ。たぶん傍聴席も爆笑だったと想像できる。それで、この弁護士、ピープショーのサロンの写真をみせながら、いかにこれが舞台公演ではないかという上の論理を展開したという。この弁護士の熱演が果たして効を奏すかどうか。判決は来年の1月19日だそうだ。
(文中の写真はサン・ドニ街のピープショーサロンの一つだが、パリの風景サイト www.insecula.com から拝借したもの。ル・モンド掲載の写真ではない)。
MSG: 77
on Fri 26 Dec 2003 01h34(CET)
by
Autel
Subject:
ふれんちえろちか Visiter ce site / Visit this site
フランスのホストifranceにある
ふれんちえろちかが、無料サーヴィス領域に移行したらしい。アクセスするとまずifranceによるフランス語と英語の画面が出るので、一瞬404かと思ってどきっとする。よく読むと、アダルトサイトなのでそれを確認して入ってくださいというディスクレーマーページなだけ。
あわてずに下のほうにスクロールして、
Visiter ce site または Visit this site
をクリックすると入れます。
MSG: 78
on Thu 01 Jan 2004 16h43(CET)
by R***
Subject: 40000アクセス
あけましておめでとうございます。
2004年になったところで、40000アクセスを記録致しました。
いつもご来訪ありがとうございます。
そして今年もどうぞよろしくお願い致します。
MSG: 79
on Thu 04 Mar 2004 14h08(CET)
by R***
Subject: 50000アクセス
おかげさまで50000アクセス突破致しました。
そろそろ更新もありそうな気配です。
今後ともよろしくお願い致します。
MSG: 80
on Mon 10 May 2004 18h26(CET)
by R***
Subject: 60000アクセス 突破
いつも御来訪ありがとうございます。
ドメインに移行してもうすぐ1年になります。
最近更新がちょっと途絶えがちですが、またちょくちょく覗いてみてくださいね。
MSG: 81
on Thu 20 May 2004 09h46(JST)
by
咲枝里
Web Site
Subject:
はじめまして
こんにちは。はじめまして。
以前kanjikanさんにフランスつながりでお世話になってまして。
リンク切れをたどりましたら、こちらとフランスの島の状況を知りました。
入り口でもしかしてと思いながらも、O嬢の深い解釈を拝読し。
その後にOraclutieさんのTOPに来た次第です。
ステキなサイトを発見でき嬉しく思います。
kanjikanさんにも感謝です。
時々訪問させてください。宜しくお願いします。
MSG: 82
on Fri 21 May 2004 17h51(CET)
by R***
Subject: 咲枝里 さんへ
訪問&書き込み、ありがとうございます♪
咲枝里さんのサイトはnot foundになってしまいますが。。
Kanjikanさん、懐かしいですね。
最近では他のお名前で生きていらっしゃるみたいですが、
フランスの島も是非再開していただきたいです。
Oraclutieは本当にスローですが、更新はしていきます。
また遊びに来てくださいね!
MSG: 83
on Sat 03 Jul 2004 14h43(CET)
by R***
Subject: 70000アクセス
70000アクセス突破致しました。
いつもご来訪ありがとうございます。
そろそろ暑くなりそうですが、みなさまお元気で。
これからもよろしくお願い致します。
MSG: 84
on Sun 25 Jul 2004 16h08(JST)
by 山田花子
Subject: 昔の名前・・
日本では太平洋側の猛暑、日本海側の大水害と大変な夏ですが、フランスはいかが
でしょうか?
仏語も解さず、仏国にも足を踏み入れたことのない私・・さる本でルーブル美術館の
南側のペリカンどおり(rue du pelican)が実は改名した結果であり、昔はその筋の女性がたむろする場所だったのでポワロコン通り(poil au con)であったというのは
本当でしょうか?
和名はちょっとはばかられますが・・・
MSG: 85
on Fri 30 Jul 2004 03h20(CET)
by Autel
Subject: 山田さん お久しぶりです
rue du Pelican の話、うっすらどこかで見たことがあるのですが、あやふやなので調べました。記述によてちょっとずつ違いいますが、総合するとやはり -- このあたりは娼家が多くて、すでに13世紀末の課税台帳にこの名前が見える。革命後1792年に rue Purgee 「清浄通り」 という名前にしてもらうが、どうもしっくりこないので1806年に現在の rue du Pelican に落ち着いた、という話になっています。今は交差する通りが Rue Jean-Jacques Rousseau になっているというのが何か意味ありげです。
そういえばある町で私の聞いた話に、町に「rue des Sapins モミの木通り」というのがあるのが、あまりに客引きで立っている女性が多いので 「rue des Tapins」と地元の人は呼んでいるというのがありました。おおらかな中世ならこれがほんとうの名前になってしまったのかもしれないなどと考えてニヤリとしています。
MSG: 86
on Mon 30 Aug 2004 11h56(CET)
by R***
Subject: 80000アクセス
オリンピックも終わり、2004年の夏ももう終わりという感じですが、みなさま如何お過ごしでしょうか。
SMはやはりこれからの季節が本番ですね(笑)。
Autel様は夏の宿題が終わらないご様子ですが、これからもよろしくお願い致します。
MSG: 87
on Thu 14 Oct 2004 17h53(CET)
by R***
Subject: SEXに関する世界調査
Durexというコンドームの大手メーカーが、毎年行っている「Grobal Sex Survey 2004」の結果が発表になりました。41の国から、35万人以上の人々が調査に参加しているとのことで、結果は大元のサイトで日本語でも
解説は読めますが、表は英語です。興味のある方は直接どうぞ
http://www.durex.com/JP/GSS2004Results.asp?intMenuOpen=8
簡単に書くと、世界で一番SEXする回数の多いのはフランス人で年137回、そして最も少ないのが日本人の年46回。けれども日本人が世界の平均(10.5人)を超え見事3位になったのはセックス・パートナーの数で12.7人。
セックスをより楽しむために、平均22%が手錠や目隠しの経験がある(デンマーク人55%、英国人51%、日本人26%)。問題なのは、パートナーの性歴をしらないで、コンドームを使わない性交を行ったことがある日本人は58%で世界3位。
MSG: 88
on Sun 31 Oct 2004 02h57(CET)
by R***
Subject: 90000アクセス
冬時間になったとともに、90000アクセス突破致しました。
本当に最近更新をしていなくて申し訳ないのですが、、、今後ともよろしくお願い致します。
MSG: 89
on Thu 06 Jan 2005 13h28(CET)
by R***
Subject: 100000アクセス
あけまして おめでとう ございます
おかげさまで100000アクセス突破いたしました。
アダルト・サイトとしては少ないのかもしれませんが
文学サイトとしては、かなりよい数字みたいです。
多分、そろそろ更新もありかなあ、、、という感じでございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
MSG: 90
on Sat 24 Sep 2005 16h34(CET)
by
R***
Subject:
Blog d'Autel
みなさまお久しぶりでございます。
What's Newをご覧になった方はご存知かと思いますが、Blog d'Autelが始まりました。
Blog d'Autel ‐‐ BDSMや性愛に関する軽い話題、更新のための個人的メモ、情報クリッピング、画像コピー、ブックマークログなどのために。場合によって適宜他の場所にも振り分け再録します。
どうぞよろしくお願いいたします。
MSG: 91
on Mon 16 Mar 2009 17h23(CET)
by
Autel
Web Site
Subject:
サイトリニューアルと掲示板の整理
現在サイトをリニューアル中です。
掲示板については、スパム対策も含め、新フォーマットを検討中です。
掲示板の新スクリプトが動くまで、スパム対策のため、申し訳ございませんが、書き込みを停止させていただきます。もうしばらくお待ちください。
もう少し詳しくは、
HdO BBS の最新書き込み
をごらんください。