この話の枕に書いたミニテルの話が結局独立のテキストになってしまったが、あらためて本題。
90年代の半ば、あるSM専用のミニテルのサービス(前回のテキストに副えたスクリーンキャプチャーのものとは違う)のフォーラムで、半年ほどにわたり面白いゲームというか、噂がはやったことがある。ここのフォーラムではで実践的な情報交換、エッセー、詩、実録、妄想、連載小説もどきを皆ごちゃまぜに発表していたのだが、あるときから複数の人間による謎めいた短い書き込みがちらほらと見られるようになった。その書き込みはある一人の女性をめぐるものでる。フランスにどこにでもあるファーストネームだけで呼ばれるその女性を今仮にここでLとしておくと、だいたいこんなような感じである。
「Lは今日は、ハイネックの黒のセーター。ほらやっぱりそうだろう。ということは...」
「昨夜のL、金のネックレス。予定どおり。あの落着かない様子みた?」
「L、途中で一度中座したろう。戻ってくると顔が赤かったよな。イヤリングがなくなっていたのにちゃんと気づいたかい?」
こんな短い文句とそれに対応する2,3の応答からなる書き込みが、週に何度かの頻度で続いていく。何人かの事情通だけが楽しんで、他の人々はけげんな様子で、発言もできないか、あるいはとんちんかんな質問をしながら無視されて読んでいるような雰囲気である。
私もその蚊帳の外の仲間としてしばらく様子を見ていたが、そのうち分かってきたのは、Lというのはあるテレビ番組のレギュラー出演者であり、その服装や態度をここで云々しているということである。何故そんなことがこんな場所で思わせぶりに語られるのかというのが不思議なのだが、ゲームの観客としてしばらく付きあい、交換した情報の断片をあつめていくうちに次のようなことがわかった。
まずここで前提になっているのは、Lは事情通の間では有名なSMカップルのMのほうの女性であるということ。そして彼女がテレビに出演するときの服飾、アクセサリーはすべて「ご主人様」によって指定されているばかりか、それぞれの服装、アクセサリーは彼女が支配下にあるSM遊戯に関連した意味をもつというようなことである。ありていな例でいうと、ハイネックのセーターのときはその下には首輪をしているとか、これこれの服のときは下着をいっさいつけていないとか、これこれのアクセサリーのときはラビアにペンダントが下がっているとかというような類のものである。そしてこれらの「コード」は彼女のパートナーを知る事情通の間には周知のものであり、彼女を一目みるだけで、その服の下の彼女の状態がその人々には分かるのだという。そしてそれが限られた人間だけを相手にした公開露出ゲームになっているのだという。
現実ばなれしたSM小説にあるような荒唐無稽な話だが、これをネタにしたミニテル上の遊びのほうも手がこんでいる。そして情報を持っている量によって立場の違ういろいろな参加者、観客がいる。あきらかに何人かの「事情通(を装う人)」がいる。その周辺に、より多くの情報をどうにか仕入れてこれに参加したい人がいる。私のような平均的な観客は、だいたい上のような前提の理解まで行き着いはするが、現実の人物との対応がつかないまま、人の遊びにつきあっている。その圏外にまったくわけがわからず頭をひねっている人がいる。というような具合である。
私もときどきテレビをみるときになんとなく気にかけるが、そんなプロフィールに該当する出演者は想像もつかない。だいたい6つあるチャンネルのうちどれかもわからない、L*** も本名なのか仮名なのかもわからない。フォーラムにダイレクトに質問してくる人もいるが、知っている人はもちろん言わないのが絶対のルールで、そんな野暮な質問は無視されるだけである。そのうちに、わずかな手がかりから、その女性をテレビで同定することに成功して、「事情通」の会話に加わる人も出ててくる。ある特定の約束ごとに気がついた人だけが事情通になって、まだ気づかない人をにやにや見ているトランプを利用したゲームに似たようなのがあったのを思い出す。そして話をややこしくしていたのが、実は分かっていないのに分かっているふりをして書き込みしている人がいることだ。かまをかけて書き込みをしてくるのだが、そういう人の書き込んでくる情報はほんものの「事情通」が前提としてる女性に対応していないので、当然服装やなにかに対する言及も違うものになる。そのため「にせもの」の情報と「本物」の情報がごちゃごちゃになって、ますますLを同定するのが困難になってくる。
とはいえゲームが長くつづくといつかはジグゾーパズルがあうように分かるときがくるものだ。結局そのLとは、誰でも知っている代表的な情報番組の女性キャスターを前提としていることに私も気づくようになった。私自身は別のヴァラエティ系の軽い番組のかなり若い女性を最初想定していたので、ちょっと以外な気がしたが、彼女の出演した次の日の「事情通」たちの書き込みはあきらかにそれを踏まえてなされていた。
実をいうと私の好みのタイプではなかった。が、ジャーナリスト(フランスではとちゃんとしたニュース番組のアナウンサー・キャスター présentateur, présentatrice はジャーナリスト journaliste の範疇に入ってくるので、ここではジャーナリストとしておく)にしては、何か違和感のある雰囲気がそこはかはかとなく漂っていたので、なんとなくひっかかる存在ではあった。とりたてて美人というわけではない(私の基準では)。職業柄、肩パッドがかっちりはいった上着に見られるような硬質で鋭角的スタイルをしている女性が多いなかで、その豊かな胸を強調するようなワンピースやソフトでぴったりしたセーターを着ていることが多い。鋭くばっちりとこちらを睨みつけてくるようなカメラ目線が普通のなかで、ときどき上目づかいになったり、困ったようなうるんだ目つきになったり、ちょっと媚びをふくんだような表情をしていることが多い。
プロのジャーナリストとして本能的に評価できなかったのは、考え直してみるとその辺にあるのだが、逆にそれがMっぽい雰囲気をかもしだしているのは確かである。そこから、ゲームに参加している人たちの多くが彼女をM女性に擬して、幻想をふくらませているのは明らかだ。「書き込みのほとんどは、単に彼女の前の日の服装を見てから、「事情通」を装って書かれたものであった。これが男たちの単なる共同妄想のたまものだとしたら、ある意味では彼女は見えないセクハラの犠牲者ということになる。
が、実はそういうたわいもない妄想話として片づけられないあることがあってこの話が私のなかにずっとひっかかっている。というのは、このフォーラムで2度だけ彼女の次の日の服装(色、アイテム)をずばりと予告した人物がいるからだ。単なるまぐれだったのだろうか、それとも彼こそ本物の数少ない「事情通」だったのだろうか...そうこうするうちにこのゲームは知りすぼみに終わっていったので、それ以上のてがかりは何もない。
今でもジャーナリストとしてちゃんと活躍しており、テレビで目にするたびにやはりなんとなくこちらのほうがどぎまぎしてしまう。最近あることであらためて思い出し、インターネットでかなり検索をかけてみたが、ゲームのルールはずっと守らたようで、彼女の名前からそれらしい噂に行きつくことはなかった。が、ずば抜けた美女でもなく、そう派手な服装をしているわけでもない彼女をセクシーと評する意見に行きあたると、やはり何かしら多くの男心をある方向にくすぐる要素があるのだということを再確認した。
Autel 記
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