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タルマン・デ・レオ 『逸話集』

ジェデオン・タルマン・デ・レオ (Gédéon Tallemant des Réaux 1619-1690。名はジェデオン、もともとの姓がタルマン。デ・レオは家族の所有地の一つにちなんで、姓に、本人が貴族風につけたしたもの)という人物の手になる『逸話集 Historiettes』は、17世紀前半に著者が見聞きした逸話を集めたものとして知られる。プレイアード版の上下2巻(Historiettes, Texte integral établi et annoté par Antoine Adam, 2 tomes, Edition Gallimard, 1960-61)の本文部分だけで1500ページ、初版だと12巻におよぶ大部のもので、著者が生まれる前のアンリ4世時代の逸話やら、本人が見聞きした話やらが、玉石混交とりまぜて記録されている(執筆はほとんど1657年から1659年の間に一気になされたと考えられている)。逸話のカバーする時代としてこのサイトの別の場所で紹介した『ダーム・ギャラント』を引き継ぐものといっていよい。

起承転結もあまり考えずに、知っている話を筆の赴くままに次から次へと述べたという具合なので、文学的な価値というよりも、歴史的証言としての価値のほうが勝るとみられているようで、ポケット版で流布していない。そのため私も名前を知るのみで読んだことも、とりたてて読もうという気にになることもなかったが、最近、サイト「フランスの島」のkanjikan氏の手引きをきっかけに読んでみることになった。この辺りの歴史にさほど詳しくないと私としては、話題になっているもともとの相手の表の顔を知らずに読むゴシップというようなところもあり、通読して全ての話が面白いというようにはいえないが、拾い読みは楽しい。この手の逸話集の常といえる。

タルマン・デ・レオは、ラ・ロシェルで商業・金融で財をなしたプロテスタントの家に生まれ、家業は兄にまかせながら、自分の財産の取り分で働かずに暮らした。40代になって本家ごと破産の目にあって借金に苦しめられたり、晩年のナントの勅令の廃止によって政治的に危ない立場になったりしたが、裁判をのらりくらりとやり、幅広いコネを利用してなんとか苦境を切り抜けてともかくもまっとうな人生を終えた。詩人・文学者といえば、体裁はいいが、主な活動は、あちらこちらの社交界に顔を出してしゃべったり、人間観察をしてそれを自分のメモに書き付けることである。作家ヴァンサン・ヴォワチュール(Vincent Voiture 1597 - 1648)の作品の出版に関わったことはあるが、生前自作を出版したことはまったくない。

そもそも出版可能な形にまとまった原稿は『逸話集』だけであるが、これも長いこと忘れ去られていて、1830年代になってから発掘され、1834年から35年にかけて初めて出版された。出版されるとスキャンダルとなり、後世の偽作だとして出版者は非難された。というのも内容があまりに赤裸々だったからである。洗練された宮廷生活、安定した階級社会と人々が信じていたものの裏で、一皮むけば何が起こっていたか、当時の人々が裏でこっそり何を話していたかが、あっけらかんとした筆で記されている。もちろん色ごとの話が重要な位置をしめている。当時の色好みの男のモデルの筆頭各はアンリ4世。そして『逸話集』は、彼にについての項で始まり、その好色ぶり、彼を取り囲む女性が格好の話題となる。王は、女性にコケにされていたことも多いようだ。たとえばこういう話がある。


ある時、ファニュシュなる家の娘が、王に召し出されたことがあったが、生娘との触れ込みであった。しかしその場に及んで、 娘にすでにずいぶんしっかりと道がついているのを王は見て取ると、指笛を鳴らし始めた。「何事でしょうか?」と娘。王は答えて「すでにここを通っていった連中を呼んでいるのだ」。娘がこれに答えるに、「突いて、突いて。その者たちに追いついくのよ!」。

Quand on luy produisit la Fanuche, qu'on luy faisoit passer pour pucelle, il trouva le chemin assez frayé et il se mit à siffler. -- «Que veut dire cela ? » luy dit-elle. -- «C'est», repondit-il, «que j'appelle ceux qui ont passé par icy. -- Picquez, picquez», dist-elle, «vous les attraperez» (プレイアード版、巻 I、p.5)


封建制から絶対制に移る17世紀のフランスはフロンドの乱(1648)を境に、社会の気風からも豪放さが消えて、性に対しても(少なくとも表むきは)道徳じみてくるというが、この『逸話集』は、それ以前の、有無をいわせぬ武力と狡猾な宮廷的外交、権力とそれを出し抜く機知、豪胆と洒脱さ、剥き出しの欲望と笑いとが猥雑に共存する世界、全てが「ポリティカリー・コレクト」のわれわれの社会には遠くなった世界についての想像を与えてくれる。

例によってこのサイトのテーマに沿った話題を独立ページに訳出しておく。

1. ブリザルディエール Brizardière(怪しい口実で女たちを笞打つ男が訴えられたが、その「犠牲者」はどこに?。テキストはプレイアード版(第2巻、p.709 - 710)による)
2. スィイ侯爵夫人 La Marquise de Sy (美女の侯爵夫人と哀れな夫の物語。マゾッホの短編を読むよう。このサイトの感性よりも、沼正三氏の世界に近い。もしやと思い、手元にある沼氏の『ある夢想家の手帳から』上下(1998年、太田出版。集成と銘打たれた簡約版)を引いたが言及はなかった。完全版にもないのだろうか。氏が知っていれば必ずや取りあげるような話だと思うが...テキストはプレイアード版(第2巻、p.357 - 358)による)



話の発端となったkanjikan氏の書き込み(1話の翻訳つき)
タルマン・デ・レオ『逸話集』について他のさまざまなな情報を投稿した上記サイトの掲示板
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